◆想い出の山小屋 〜九州以外の山のお話〜


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▼大日平山荘

大日平にポツンと一軒建つ 大日平山荘
です。(’91年9月当時の小屋です。)

山荘2階の窓から薬師岳の雄大な姿が
見えました。

(大草原の小さな家・・・)

1991年9月上旬、この年は1回パスしていた念願の立山連
峰に遠征することができました。

室堂から、立山三山〜剣岳へと歩いてきた私達2人は、この
日は朝から天候にも恵まれ立山連峰の大自然を充分に満
喫しながら、のんびりと大日三山を縦走しました。今回の縦
走では可愛い生きものに出合うチャンスもあり、浄土山での
雷鳥の群れ、前剣のイワヒバリ、剣岳・奥大日岳山頂での
オコジョ などを見て楽しいひと時を過ごしました。

大日三山(奥大日岳・中大日岳・大日岳)の縦走は、立山三
山(浄土山・雄山・別山)〜剣岳方面と比べると人影もまばら
で、自分達のペースでのんびりとすることもでき、最高のコー
スでした。縦走中、右手には常に剣岳の雄姿を見ることがで
きます。左手には称名川を隔てて広々とした室堂〜弥陀ガ原
の草原を見渡せました。観光地化された室堂から少しづつ遠
くなって行くにつれ、静かな山歩きを楽しめました。

最後のピーク 大日岳へと往復し、山の稜線から朝夕の風景
を見たいので、この日は稜線上の大日小屋に泊まろうかと思
いましたが、まだ午後1時45分です。後の事を考えると先に
行かなくてはなりません。ランプだけで過ごすロマンチックな
大日小屋での一夜を体験してみたかったのですが残念でし
た。
また森の中に入りグングン下って行きました。やがて斜面が
ゆるみ樹木の中からポッカリと大日平の広い空間に出ました。
前方に一軒の山小屋が見えます。その姿は周りの大自然に
溶け込んでいて、まるでドラマ『大草原の小さな家』の情景を
見ているようです。途中、道の側で丸太に斧を振るっている
現在の山荘は別の所に建て変わっています。
窓から見た薬師岳は雄大な姿をしていました。
大日平山荘の看板です。

男の人がいました。山小屋で使う薪を作っているのでしょう。西部劇の世界だな〜なんて
思いながら歩き、先ほどから見えていた大日平山荘に到着しました。無理をすれば麓まで
下山することもできたかもしれませんが、それでは味気ない感じがしたので今夜はここで
お世話になることにしました。

大日平山荘は、アルペンルートで有名な弥陀ガ原と称名川を挟んで対峙する大日平に
ポツンと一軒建っています。車では来ることができないので登山者だけの別天地です。
木造2階建の小さな山小屋でしたが、この日の宿泊者は私達を入れても4人だけだった
ので各々個室を提供してもらえ快適でした。山小屋のご主人は不在で、奥さんと息子さん
(薪割りをしてあった)が持て成してくれました。食前に出された山ブドウのジュース(?)の
美味しかったこと。山菜主体の心温まる食事は家庭的な雰囲気がしてふるさとにいるよう
な気分になりました。山小屋には珍しくお風呂に入れたのも驚きでした。

同宿となったオジさんが〔青春21キップ?〕の愛好家で、これまでの体験談や今回の立山
までの利用経緯などを熱く語ってくれました。そのキップを買うと、ある一定期間は鈍行列
車のみ乗り放題になるそうです(?)。そのようなキップがあるなんて知らなかったな〜。
食堂でいつまでも楽しい語らいをしました。食堂の隅にある階段を2階へ上がって右手の、
弥陀ガ原に窓が面した部屋が私達の部屋でした。窓からは雄大な薬師岳の姿を見ること
ができ、いつか登りたいなあ と思わずにはいられませんでした。シーズンオフのゆったり
とした室内で静かな一夜が過ぎていきました。

翌日も晴れました。今日のうちに福岡県の自宅まで帰り着かないといけません。朝6時55分、名残惜しい
気持をおさえながら、大日平山荘を後にしました。緩やかなスロープを木道がどこまでも下っています。
木道歩きをしながら ふと立ち止まり振り返ると、山荘があんなに小さくなって見えています。楽園のような
この大日平、ここだけ時の流れが遅い気がします。今度また来れるでしょうか。最初は期待もしないで泊
まった山小屋だったのに、すっかり魅了されていました。設備の整った大規模なキレイな山小屋も確かに
良いと思います。でも、シンプルで心のこもった温かい感じの山小屋は最高でした。これが本来の山小屋
の姿なんだろうな・・・なんて思ったりしながら。


*・・・私達がお世話になった当時の大日平山荘の建物は、その後たび重なる雪崩の被害を受けて崩壊
    し、現在は少し移動した安全な地点に新たに建て直されているそうです。山荘のご主人も二代目
    の佐伯民一氏(故人)から三代目の直樹氏へと代わられています。あの時、巻き割りをしていた
    息子さんかな・・・。

山荘の立て
看板です。