◆さとやま低山あるき◆

◆十石山(513,3m)*甘木市*福岡県
〜民話伝説の山〜
じゅっこくさん
大仏山付近から見た、十石山です。
林道からの登り口は踏み跡程度です。
見落とさないように!
林の中にある十石山山頂です。
訪れる人影もなく、ひっそりとしています。
山頂には、お墓のような石塔が3基あり
ます。民話にあるものでしょうか?
民話の舞台となった十石山です。穏や
かな姿をしています。
福岡市の水がめとして有名な甘木市の寺内ダム付近に
矢野竹と言う地区があります。
以前はひっそりとした静かな山村でしたが、近年その近く
に〔あまぎ水の文化村〕や〔美奈宜の杜(シニアタウン)〕
が建設され、すっかり様変わりしました。その矢野竹地区
の背後に聳える穏やかな姿の山が十石山です。
十石山の山名の由来ですが・・・
天正15年、時の領主 秋月種実(たねざね)・種長父子
は、大軍を率いて九州征伐にやって来た豊臣秀吉の軍門
に下り、日向国財部(宮崎県高鍋町)に転封されることに
なりました。永年住み慣れた領地を離れ、はるばると見も
知らぬ土地に移住しなければならない辛さは計り知れな
いものがあったと思います。ついに秋月を発ち江川村の
山越えにさしかかった時、種実は名残惜しさのあまり付近
の山の頂上によじ登り、今生の見納めとなる秋月の地あ
たりを眺め、郷愁の念に浸られました。それまで36万石の
太守でしたが、「十石でもよいから、秋月の地に留まりた
いものだ。」と思わず つぶやかれたそうです。それ以来、
この山のことを【十石山】と呼ぶようになったと伝えられて
います。
十石山は ちょうど寺内ダムと江川ダムとの間に聳えてい
ます。以前は遠足の地として親しまれていたようですが、
その後 植林化され展望も悪くなり、長い間忘れ去られた
存在の山でした。ところが、十数年前に矢野竹から十石
山〜籾岳の山腹を巻いて江川地区稗田に抜ける【十石
林道】(全長15,3キロ)が開通すると、簡単にピークハント
ができる山になりました。
矢野竹方面から十石林道に入り、蛇行した林道を車で走
ります。しばらくすると左手の上秋月地区松丸方面から登
ってきた【松丸林道】と合流します。この合流地点から さ
らに少し進んだ右側に高圧電流の送電用鉄塔の巡回路
登り口があります。この順回路を利用すると今では簡単
に十石山に登れるようになりました。
登り口付近のやや道幅が広くなった所に駐車して山頂を
目指します。巡回路は踏み跡程度のかすかな道ですが、
植林化された森の中は日当たりが悪くて、わずらわしい
下草があまり生えていません。途中に林業用の道も交差
しているので、少し荒れぎみの巡回路を拾うように慎重に
辿ります。間もなく明るい所へ飛び出すと鉄塔下に出ます
。鉄塔下からは左手に折れるように緩やかな尾根道が
続いています。やっと山歩きらしくなってきたかと思ったら
直ぐ十石山山頂に到着です。登り口からは約10〜15分
程で容易に登頂できます。
山頂は森の中で、そこだけポッカリと日が当たる僅かな
空間となっており、草に埋もれるように石塔が3基たって
います。付近には山頂を示す小さなプレートが二つありま
した。
山頂にある三つの石塔には悲しい民話が残っています。
昔々、山麓の村に住む若い猟師が一匹の愛犬を連れて
この山に登ってきました。獲物を狙って待っていましたが
その日は なかなか現れません。いら立っていたその時、
突然 愛犬が異常なほど吠え出しました。今にも飛び掛っ
てきそうなスゴイ形相です。叱ってもやめないので、身の
危険を感じ思わず鉄砲を一発ぶっ放しました。銃弾は愛
犬に当たり 急にその場が静かになりました。すると、猟
師の背後で突然「ガサッ!」と音がしました。ハッと振り
返ると、そこには巨大な蛇がカマ首をもたげて不気味に
赤い舌を出していました。飛びかかってくる寸前、一瞬
早く仕留めることができ事なきを得ました。
我に返った猟師は、愛犬の不審な挙動の意味が分かり
動かなくなった愛犬を抱き、涙にむせびました。主人に
危険を知らせようとして死んでいった愛犬の気持ちを考
えると不憫でなりません。悲しみのあまり猟師は自分自
身を鉄砲で撃ち死んでしまいました。村人たちはその事
を知り悲しんで山頂に三つの亡骸を葬り石塔をたてて供
養したそうです。
この民話には諸説があり、猟師は筑後地方の人だった
とか、葬ったのは犬と猟師と鉄砲だったとか、様々です。
今、訪れる人がほとんどいない十石山の山頂は時が止
まったような静けさの中にあります。3基の石塔にお参り
をして、民話のことを考えたり、物思いにふけったりして
みてはいかがでしょうか。

十石山
↓




十石林道の最高地点付近より十石山を
望みます。
