◆想い出の山小屋 〜九州以外の山のお話〜


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▼蝶ガ岳ヒュッテ

早朝の蝶ガ岳ヒュッテです。後方の目立つ
山は常念岳です。

1988年9月26日(月)13時10分、私は『横尾山荘』前の
ベンチにひとりで座っていました。

その日 『槍岳山荘』から下りてきて 途中では昼食を取って
いなかったので カレーライス(600円)を注文し待っていまし
た。横尾山荘のご主人に これからの天気予報を伺うと、
回復の傾向であろうと言われました。前日までの2日間、
秋雨前線の活発な活動で大雨洪水警報が出ており ものす
ごい雨でした。しかしその日は雲が多いながら朝から雨も
上がり、これ幸いとのんびりと槍沢を下りてくることができ
ました。

このまま行くと今夜は明神か上高地泊まりです。遅くても
明日の昼ごろまでにはバスで上高地を発たなければなり
ません。考えた末、14時すぎ 意を決して急きょ横尾山荘
横から蝶ガ岳を目指して登ることにしました。

夕方まで あまり時間がありません。山中は薄暗い感じで
す。足は重たく気ばかり焦り苦しい登山でした。およそ2時
間で稜線に登り着き 少し呼吸を整えてから左折、先ずは
蝶ガ岳山頂に向かいます。ようやく着いた山頂は周りを雲
に被われ、展望はゼロ。平坦で特徴のない静かなところで
した。ただ、蝶ガ岳のシンボル、蝶槍の姿がとても印象的
に見えました。すでに夕闇が迫ってきています。『晴れてい
ればなぁ・・・すごい大展望なのだろうけど・・・』と思いつつ、
誰もいない山頂を後にしました。急がないと晩御飯の時間
に食い込みそうです。もと来た道を戻り、先ほどの横尾への
分岐点を通過、ライトを点けないと足元がヤバクなってきた
頃、遂に蝶ガ岳ヒュッテに到着しました。ちょうど17時、滑り
込みセーフといった感じでした。

早朝の蝶ガ岳ヒュッテです。後方は常念岳です。
蝶ガ岳のシンボル、蝶槍です。

蝶ガ岳のシンボル、蝶槍です。

蝶ガ岳ヒュッテは、梓川の谷をはさんで対峙する穂高連峰の大展望を楽しめる絶好の位置に建ってい
ます。昭和59年に増改築されたそうで とても綺麗でピカピカしていました。 お水と食事の券をもらい
先に部屋へと向かいました。シーズンオフの平日なので宿泊客は少ないようです。部屋はガランとして
いましたが通路をはさんで真向いにすでに先客が3人いました。同宿の挨拶をすると、「九州の大分か
ら来ました」と言われます。「私も九州の福岡ですよ」と答えました。こんなところで九州人同士が・・・と
話が盛り上りました。その方たちは、当時は珍しかった年配のご夫婦と若手の男性との3人組でした。
「私たち、法華院なんですよ。」そう言われるとオモムロに名刺を差し出されました。「はあ・・・?」私は
言われた意味が分からず手に持った名刺を見つめました。『法華院温泉山荘 支配人 弘蔵祐夫』と
書いてあります。そう、当時 法華院のご主人だった弘蔵さんご一行だったのです。

あとで伺うと、毎年 法華院では秋分の日が終わるとシーズンオフになるので 2班に別れて留守番組
を残し、日本アルプスなどに山小屋視察ということで研修遠征をしてあったそうです。今回は、上高地
から、→徳沢→長塀山→蝶ガ岳→常念岳→大天井岳→燕岳→中房温泉と歩かれるそうでした。
(その年に『山と渓谷』の山岳写真コンテストで年度のグランプリを取られた高木さんも偶然、泊まって
ありました。)
綺麗な山小屋での楽しい語らい、疲れていたのであまり多くは話しませんでしたが一生の思い出に
残る一夜でした。

翌朝、逆方向へ行かれる弘蔵さんたちと再会の約束をして別れ、後ろ髪を引かれる思いで蝶ガ岳ヒュ
ッテ前を出発しました。山小屋の後方には常念岳が一際目立って聳えています。雲の合間からようや
く槍ガ岳の雄姿も現れました。ふと見ると遠くで弘蔵さんたち3人が、おいでおいでと手招きしてありま
した。(冗談がきついなぁ〜。)下りは遠くに、乗鞍岳、御岳を見ながら、長塀山から徳沢へと長い坂を
下りました。途中の明神池、嘉門次小屋で寄り道をし、AM11時すぎ無事に上高地の河童橋に到着。
帰りのバスに充分に間に合うことが出来ました。

蝶ガ岳から常念岳へ・・・・・この山域は絶対に再び訪れたいところです。今度こそ素晴らしい大パノラ
マを見てみたいものです。 なお、この翌年の1月に 法華院温泉山荘に泊まりに行き、弘蔵さんと再会
し大変お世話になりました。

(思いがけない出会いが・・・)